https://zenn.dev/req9/articles/7d11c860bb21cf
うまいのは、AI本体ではなく周辺の気配を作ったところ
ローカルLLMに心音を持たせる、という発想で手が止まった。AIを賢くする話ではない。返答速度を上げる話でもない。Mac miniのCPU負荷や生死を、心拍のようなアンビエント音に変えて、部屋にいる存在として感じさせる話だ。
うまいのは、LLMそのものをいじっていないところだ。普通なら「キャラを作る」「声を付ける」「会話を自然にする」に向かう。でもこの人は、会話の外側にある気配を作っている。人間が誰かの存在を感じるのは、言葉だけではない。隣室の物音、冷蔵庫の低い唸り、寝ている人の呼吸みたいなものがある。
ローカルLLMを常駐させると、画面の向こうに何かがいる感じは少し出る。ただ、それはまだアプリだ。Mac mini自体に心音を鳴らさせると、アプリではなく同居している機械になる。このズラし方がいい。AIを生命っぽく見せるために、AIの知能ではなく、機械の稼働状態を使っている。そこが一番の見どころだ。
CPU負荷を鼓動にする手抜きが、ちゃんと生き物っぽい
公開されている構成では、node_exporterでMac miniの状態を取り、Prometheusに記録し、GoのConductorが2秒ごとに読んで、OSCでSuperColliderへ投げる。SuperColliderは心音を合成する。作者の説明では、暇なときは40BPM、負荷が上がると150BPMまで上がり、マシンが落ちると4秒かけて鼓動が消える。
真似したいのは技術スタックそのものではなく、翻訳の粒度だ。CPU使用率をそのまま音量にすれば、ただの監視音になる。アラート音の仲間だ。でもBPMに変え、指数移動平均で急変をなめらかにしている。2秒ごとに新しい値を取りつつ、新しい値は30%だけ信じる。負荷が跳ねても、心拍は少し遅れて上がる。
この遅れが効いている。機械の値は正直すぎる。正直すぎるものをそのまま鳴らすと、ガクガクして気持ち悪い。そこに反応の遅れを入れると、急に「身体」になる。作り手目線ではかなり盗める。AIキャラに表情を付ける前に、状態変化を一拍遅らせる。通知音ではなく、環境音にする。そういう小さな設計で、存在感は大きく変わる。
Goを頭、SuperColliderを楽器にした割り切り
手の内として好きなのは、Go側に判断を寄せて、SuperColliderを鳴るだけの楽器にしているところだ。作者も、最初は最短で動くものを作りたかったので、普通の処理は普通の言語で書いた、という説明をしている。ここは現実的でいい。
音をやる人は、音の環境の中で全部やりたくなることがある。逆にエンジニアは、音も全部アプリ側で済ませたくなる。でもこの構成は、Prometheusから読む、平滑化する、生死を判定する、OSCで送る、という考える部分をGoに置く。SuperColliderは、渡された心拍数、強さ、音色を鳴らす。役割がかなりきれいだ。
推理だけど、この構成にしておくと後から遊びやすい。SuperColliderを別の音源に替えられるし、Mac mini以外の機械にも増やせる。家のNAS、GPUマシン、部屋の温度センサー、ローカルLLMの推論中フラグ。全部、同じConductorに食わせれば別々の鼓動や呼吸になる。最初から大きな作品にせず、Webhookの音楽版みたいな薄い接続で済ませているのがいい。
これは癒やしガジェットではなく、5分教材にできる
自分なら、この型をそのまま売り物にするなら「AIの心音」より、機械の状態を身体で理解する5分シミュ教材に寄せる。学校や教室でCPU負荷をグラフで見せても眠い。でも、処理を走らせた瞬間に鼓動が上がり、止めるとゆっくり落ち着くなら、コンピュータが働いている感じが身体で分かる。
地域のプログラミング教室なら、Mac miniでなくてもいい。Raspberry Piでも、教室のサーバーでも、ブラウザ上の疑似メトリクスでもいい。子どもがボタンを押すと、裏側の処理が増えて、心拍が変わる。店向けなら、POSや予約システムの負荷を音で感じる小さな展示にもできる。研修ゲームなら、障害対応の前に「マシンが弱っていく音」を聞かせるだけで、監視画面より記憶に残る。
ただし、常時鳴るものは生活に入るので、音作りを外すとすぐ邪魔になる。ここは難しい。心音というモチーフは強いぶん、少しでも生々しすぎると疲れる。自分なら、昼はかなり抽象化した低いパルス、夜はほぼ環境音、異常時だけ少し身体性を戻す。存在感を作るなら、鳴らす勇気と同じくらい、消す勇気がいる。
AI時代の工作は、賢さより「いる感じ」に向かう
この作品が面白いのは、AIをもっと賢く見せる方向に行っていないことだ。ローカルLLMに人格を足すでも、会話ログを増やすでもなく、Mac miniの稼働状態を心音にした。この回り道のほうが、AIと暮らす感覚に近い。
個人がAIで作れるものは、チャットボットや業務自動化だけではない。部屋の中の機械を、少しだけ生き物っぽく扱う。サーバー監視を音楽にする。ログを気配にする。こういう変換は、大企業の製品会議からは出にくい。個人が自分の部屋で、自分の違和感を解くために作るから出てくる。
派手なAIプロダクトではない。でも見たあとに、自分の机の上の機械が少し違って見える。Mac miniはただの箱ではなく、熱を持ち、働き、止まるものだ。その状態を音にしただけで、AIの居場所が画面の中から部屋へ出てくる。こういう小さな発明を、私はかなり信用している。